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教育長の部屋(2014年11月)

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年11月26日更新

「日本は『子ども天国』だった」

 9月11日、国東市・姫島村PTA指導者研修会が開催され、その会の挨拶で、私は次のような話をしました。

■数年前のある新聞に「日本は『子ども天国』だった」という題の論説が載っていた。「だった」ということは「現在は違う」ということになる。そして現在の状況は、数年前と少しも変わらず、相変わらず親が子を殺す事件や児童虐待が頻繁に起きている。また今年8月には、「児童虐待7万件突破」と報じられた。子どもたちにとっては、「天国」とは程遠い現実がある。

 では、いつの時代に、何をもって「子ども天国」というのかについて、齋藤孝氏の著書「ハイライトで読む美しい日本人」に詳しい。氏はその本の中で外国人が書いた「日本の親子関係」の文章を紹介しているのだが、その中のひとつ、アメリカの文学者・ドナルド・キーン氏は、「果てしなく美しい日本」の中で次のように述べている。

■「日本では、生まれて最初の何年間かを、子どもはほとんど母親の身体の一部として暮らす。母親はどこに行くにも子どもを連れて行く。彼女はしばしば子どもを背中に負い、特にそのために作られた衣服を着ける。子どもが空腹になれば、場所がらも気にかけずにただちに乳房を吸わせる。・・・」

■この他にも外国人が見た「日本人の親子関係」についての文を紹介しながら、齋藤氏は「日本の子どもの天国ぶりは、ひと言で言えば、いつも子どもが誰かと一緒にいるということにつきる。」とまとめ、その象徴として「おんぶ」を挙げている。そして、「身体をふれ合うことから生まれる安心感、自己肯定感を子どもたちに与えることから子育てを再建しよう!」と説いている。

 今や残念ながら日本のどこかで、おんぶやだっこ、せめて抱きしめられたいと思いながらその日を暮らしている子どもたちが少なくありません。

 子どもたちが安心して暮らせる家庭・学校・地域をつくることは、私たちおとなの責任です。三者の連携の大切さはもちろんですが、まずは子どもたちにとって「天国」と感じること、すなわち子どもたちが「周りから愛されている」ということを感じさせることができている親子関係・家族関係をつくっているかどうか、私たちはまずは自らに問わなければならないと思います。

教育長作の案山子2

⇑とみくじマラソン(設置場所:大恩寺の山の中)


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