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教育長の部屋(2016年11月)

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年11月28日更新

「あきらめない心」

 ご存知のように11月1日は、「おおいた教育の日」である。「県民の教育に対する関心と理解を深め、学校・家庭・地域が相互に協力して子どもたちを育てる」という趣旨で、今年度で12年目となる。

 11月18日、国東市退職校長会は「おおいた教育の日」の趣旨に則って、主催している「くにさき教師塾」の講座を「市民講座」とし、リオ・パラリンピック走り幅跳び4位入賞の中西麻耶さんを迎えての講演会を開催した。

 中西さんは大阪府生まれだが、8歳の時にお父さんの転職により由布市庄内町に移住。その後、大好きなテニスを続けるため、明豊高校に進学し、国体に出場できるほどの実力をつけていった。

 ところが卒業後に働いていた建設現場で、5tもの鉄骨が崩れ落ちてきて、右足のひざ下に落下。医者から「切断か接合か」を迫られ、即座に「切断」を希望したそうである。なぜなら、「足を切断して義足になった方が早く復帰できて、国体のテニスに出場できる」と思ったからだそうだ。家族の反対を押し切っての手術だったが、迷いはなかったと言う。

 しかし義足でテニスをするのはそう簡単なことではなく、ついにテニスを諦めることになる。失意の中、選んだのが陸上競技で、初めは100mや200m走だったが、やがて始めた走り幅跳びで結果を出し、ロンドン五輪では8位入賞を果たした。その後、日本新記録やアジア新記録も更新し、今年のリオでは金メダルが期待されていた。

 さて講演会は、彼女の知名度の高さもあって、会場のホールに100名を越す聴衆が集まった。

nakanisimaya

 実は私は、8年前に中西さんと出会っている。大分教育事務所勤務時代に、彼女が由布市の朴木小学校で講演をするというので聴きに行った。当時はまだ現在のように有名ではなかったが、スポーツに対する意欲、生きる意欲に圧倒された。そこで私は、「退職後に国東で『教師塾』を立ち上げる夢を持っていること」、「その時は、是非講師として来てほしいこと」などを厚かましくもお願いしておいた。今回、講演前にそんな思い出話をしてみたが、残念ながら彼女の記憶には残っていなかった。でも私にすれば、8年越しの夢が叶ったことになった。

 講演の内容は8年前に聴いた内容とほとんど同じ内容だったが、そのパフォーマンスや説得力は、確実に彼女の成長を物語っていた。「夢の実現のためには、しつこい努力が必要である。」、「地方でもやれるという競争心でこれまでがんばってきた。」、「私がなくしたものは足だけ。」などと、常に前向きに生きている話に、自分自身の生き方を振り返させられた。まさに演題の「あきらめない心」は、中西さんそのものだった。

 残念ながら、リオではもうひと息のところでメダルは叶わなかったが、4年後、私たちも、もう一度夢をみたいと思う。その時はまた国東に来てほしいとお願いはしておいたが、さて、今度は覚えていてくれるだろうか・・・。 

 

 さて、今年も残り1ケ月余りとなりました。今年1年間、教育委員会や学校に対するご支援・ご協力に感謝を申し上げます

 どうぞ良き年末・年始をお迎えください!


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