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市長コラム 第36号「海に続く道」

印刷ページ表示 更新日:2020年6月16日更新

 今朝も午前6時、涼しい空気を感じながら海に向かって歩き始めました。
 私はいつもの「まち」から海に至る一本道を歩きながら、最近「子どもの時からこの道をどれくらい歩いただろうか」「おそらく何百回も何千回も歩いただろうなあ」と考えるのです。
 私の家の西側を通るその道は、家の下から真っ直ぐ北に延び、田んぼの間を百メートル余りも進むと、富来川にかかる永代橋というコンクリート作りの橋にさしかかります。この橋は、私達が「36災」と呼ぶ昭和36年秋の大水害にも、橋のたもとに大穴が空きながらも落ちなかった橋なのです。中学一年生であった私は、なぜかこの橋を誇らしく思ったものでした。
 この橋を越えるとやがて左手に神社があり、その神社を過ぎると県道に当たりそれを横切ると万弘寺という臨済宗の寺の正面にぶつかります。そこを右に即ち東に曲がり、その先を北に方向を変え、少し坂を上ると、私達農家の者が「まち」と呼ぶ商店街に着きます。そこを過ぎるとすぐに富来中学校跡にさしかかり、そこを横切って国道213号を渡ると、「鉄砲町」という富来中学校跡がかつて城であったことが分かる集落にさしかかり、そして海に到着するのです。
 この何でもない一本道を、保育園や小学校、中学校の通学に歩いて通いましたし、友達と連れだって貝掘りや海水浴にも行きました。また、祖母が「てぼ」に高菜を担ぎ、海で塩もみに行くのについていったりしました。店へのお使いや習字の練習にもこの道を歩いたものです。
 学生時代には、乗り合いバスを商店街で降り、真っ暗なこの道を歩いて家に帰ったものです。特に冬の帰省の時は、「まち」からこの田んぼの中の道にさしかかると、辺りは真っ暗で向こうの山沿いにポツンポツンと明かりが灯り、まるでオオカミでも出そうな雰囲気で、その頃から「寂しいとこやなあ」としみじみ思ったものです。
 それから半世紀以上も経っているのですが、周りの風景は少しも変わらず、今もゆったりとした佇まいを見せています。
 これからもこの道を、動けなくなるまで何度も何度も歩くのでしょう。

​国東市長 三河 明史