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麻田地区の文化財

印刷ページ表示 更新日:2013年11月13日更新

kenshi

MB09麻田

県指定

NO.

区分

細区分

名称

所在地

所有者

指定年月日

MB09-01

有形

美術工芸

木造阿弥陀三尊像

武蔵町麻田

報恩寺

昭和44年3月22日

MB09-02

有形

美術工芸

報恩寺鰐口

武蔵町麻田

報恩寺

昭和50年3月28日

MC09麻田

市指定

NO.

区分

細区分

名称

所在地

所有者

指定年月日

MC09-01

有形

美術工芸

木造観世音菩薩立像像

武蔵町麻田

報恩寺

昭和46年9月6日

MC09-02

有形

建造物

宝塔

武蔵町麻田

報恩寺

昭和54年7月1日

MC09-03

有形

美術工芸

紙本著色山王垂迹曼荼羅図曼荼羅図

武蔵町麻田

報恩寺

昭和63年5月24日

MC09-04

有形

美術工芸

法華曼荼羅版木

武蔵町麻田

報恩寺

昭和63年5月24日

MC09-05

有形

美術工芸

木造四天王像

武蔵町麻田

報恩寺

平成17年2月18日

市内文化財インデックス

m09ichi664

MB09-01 木造阿弥陀三尊像

 

当寺の本尊である阿弥陀如来像は、像高120cmで蓮華座反花をもつ台座の上に安置され船型交背を負つている。頭部躯部を通して檜の一木造りで素地彫眼背面を長方形に内例りを施し鑑板をあてている。両肘両手(共に後世の補修がしてある)を矧ぎ、膝前は横に一材を矧つけてある。
両脇侍(観音-勢至)は、頭部及び肘までを含んだ躯部を槍の一本造りとL、両足先はいずれも後補である。
これらの仏像は、当寺創建時代(平安後期)の作であり、特に中尊の両耳のうねりの豊かな彫法や両脇伶の髭形などが古い様式を示しており、平安後期の一つの典型で立派た作ということが出来る。

MB09-02 報恩寺鰐口

 

鰐口とは仏殿、社殿の前面につるし参拝のときにならすものである。当寺のものは、育銅製で、径18cmの大きさである。表の銘文に銘帯右上から「奉施人豊後国武蔵郷麻田村金剛山報思寺観音堂者也」とあり、又左上から「応永五年三月六日十万壇邦敬白」とあり室町時代(1298) の作である。

MC09-01 木造観世音菩薩立像像

 

この仏像は当寺の通称観音堂とよばれている講堂に本尊仏として安置されている十一面観世音菩薩である。丈176cmで一見奈良法隆寺の百済観音を想わせるような均整のとれた八等身仏で、例の特徴のある長い手をしており長さが88cmもある。
平安朝時代の作と推定され、大分龍ヶ鼻十一面観音の石仏等にも似ていて、非常にすぐれたものであるが、ただ後世相当の補修が目立ち、彩色の拙さが見受けられる。

MC09-02 宝塔

 

本塔は平らな自然石の上に立ち、基礎は3重で鰻上重の各面は3区に分けられているが何も剖まれていない。
台座はなく、等身は高さに比して太い感じもするが美しい形をしている。首部の部分には国東塔に見られる小孔はない。笠は軒口2重の照屋根で全体的な反りを見せる。露盤は笠と同一石より成り、表面は基礎同様3区に分けられており、請花以上は失われている。この塔の高さも露盤までの高さを総高とすると118.5cmである。

MC09-03 紙本著色山王垂迹

 

山王とは比叡山の鎮守と言う意味で、比叡山の東麓近江坂本に鎮座する日吉神社を総称する歴史的な祢号である。
本曼荼羅は天台の寺院側で重要なる法儀を執行する際にはまづその道場に山王曼荼羅を掛け護法身の勧請の儀を行っていた。
比叡山の場合、山下の坂本に居住する一山の衆人や公人たちが山王講と祢する信仰のグループをつくって山王曼荼羅を本尊として信仰していた。報恩寺においても比叡山にならい、山王講をつくり信仰していた。
本曼荼羅は筆者、製作年次など古い記録がなく不詳ではあるが、神道曼荼羅の民間信仰の世界に於ける発展を見る上で、丸小野寺のものとともに極めて貴重なるものである。

MC0904 法華曼荼羅版木

 

この版木による法華曼荼羅は顯教の法華宝塔品第11に基づいたものであり法華信仰が密教の曼荼羅に摂取、受容されてゆく過程を具体的に示すもので主として人の無事息災を祈念して法華教法の修法を行う際の本尊である。
この曼荼羅は胎蔵界と金剛界の諸仏諸尊を交互に融合組み合わせて構成されている。曼荼羅最上部宝塔の下に一、二、三、四を右に五、六、七、八を左に配列した部分がある。
これは法華教8巻をそれぞれ梵字に表したものと思われる。
この版木は明和・寛政年聞に印施したもので、極めて貴重なるものである。

MC0905 木造四天王像

 

2躯とも檜材の一本造りになり、内刳もない。目は彫眼とし、現在の彩色は江戸期の補である。両像とも後世の補修による稚拙な彩色に被われているが、下半身に重心を置き、両脚を広げて立つ安定した体勢には古様が感じられる。いずれも身に甲冑をまとい外側の肱を掲げて武器(欠失)を執るが、向かって右の天部像が頭頂に鬢を結うのに対し、左の天部像は甲を被るなど両像の形割に変化を持たせている。頭、躰のバランスもよく、穏やかな動きと下半身に量感をもたせた抑揚のある肉付けなど面相や甲冑、着衣の淺彫りではあるが的確な彫り口とともに、平安後期の和様による天部像の特徴を持たせている。
平安時代後期(12世紀)
天部1 像高 99.6cm
天部2 像高 100cm

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