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三井寺地区の文化財
三井寺 |
国指定 |
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NO. |
区分 |
細区分 |
名称 |
所在地 |
所有者 |
指定年月日 |
01 |
重文 |
建造物 |
武蔵町三井寺 |
照恩寺 |
昭和25年8月29日 |
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三井寺 |
市指定 |
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NO. |
区分 |
細区分 |
名称 |
所在地 |
所有者 |
指定年月日 |
01 |
史跡 |
* |
武蔵町三井寺 |
三井寺区 |
昭和46年9月6日 |
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02 |
天然 |
* |
武蔵町三井寺 |
椿八幡社 |
昭和46年9月6日 |
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03 |
有形 |
建造物 |
武蔵町三井寺 |
椿八幡社 |
平成17年2月18日 |
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04 |
有形 |
美術工芸 |
武蔵町三井寺 |
照恩寺 |
平成23年3月30日 |
照恩寺宝塔
この国東塔は椿八幡宮境内御池の中島に建っていたものであるが、明治初年の神仏分離令による廃仏毀釈の際に突き倒されその侭に放置されていたものを明治22年10月、照思寺側の請をいれ現位置に移し、その際、震下部の石檀を新に築いてその上に建てられた。
基礎は3重で、最上重の4面には格狭間が刻まれ、台座は一重複弁の反花よりなり、塔身と台座との間に細いくくりがある。塔身は中央部に多少のふくらみをもった円筒形で、ここに左の如き銘支が刻まれている。
□□□八幡若宮御宝前大願□□□□
□□法敬白□□□□□□石塔一基奉納
加法経□一乗妙法蓮華経
正和第五暦辰丙下旬作
銘文より正和5年(1316)正月下旬の造立で目的は祈願である事がわかる。
笠は軒口二重の照屋根で相輪は太く最上端は火焔宝味よりなる。火焔と宝珠の問に多少の隙間がある。
総高は250cmで石材は角閃安山岩。
御在所本宮
称徳天皇の天平神護元年閏10月8日に、宇佐宮より八幡仰の景行された地が御在所本宮である。爾来凡そ260年間、後一条天皇の治安3年、三井寺の現在位置に奉遷されるまでこの地に鎮座し、武蔵郷の鎮守として、総氏子の崇敬の中心であった。
現在は締八幡伸祉の元宮、聖地として手厚く保存されている。
椿八幡社大楠木
椿八幡神社の御神木として、神社正面の神橋の傍にそそり立った大樹、樹齢は千年を鍾えると云われ、飴腎の上部は幾度か朽ちて倒れ、代変わりしながら成長し、今日もなおこの繁茂を見せる大樹である。
椿八幡神社神門
棟札によると延宝6年に寄進・杵築藩武蔵浦古市・惣門一棟松崎伽右ヱ門尉兼正とあり(当時の藩主は松平豊前守源重休3代目)また、文化元年春(1804)棟札奉納・文系松崎周右ヱ門尉信及奉納𠮷本屋右と添え書きされていることから、文化元年に改修工事で茅葺から瓦葺に葺き替えられたものと思われる。
木造薬師如来坐像及び十二神将立像
薬師像と十二神将は在地仏師による同時の造立と見て間違いなく、当地における室町彫刻のあり方を示す基準作として重要な像である。