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野田地区の文化財

印刷ページ表示 更新日:2013年11月13日更新

kenshi

NB06野田

県指定

NO.

区分

細区分

名称

所在地

所有者

指定年月日

NB06-01

有形

美術工芸

木造如来立像(万徳寺)

国見町野田

万徳寺

昭和44年3月22日

NB06-02

有形

美術工芸

木造釈迦三尊像

国見町野田

平等寺講中

昭和44年3月22日

NB06-03

有形

美術工芸

木造二天王立像

国見町野田

平等寺講中

昭和44年3月22日

NB06-04

有形

美術工芸

木造観音菩薩立像

国見町野田

全光寺講中

昭和47年3月21日

NB06-05

有形

建造物

十王堂板碑

国見町野田

全光寺講中

平成4年3月27日

NB06-06

有形

建造物

真覚寺国東塔

国見町千灯

個人

昭和47年3月21日

NC06野田

市指定

NO.

区分

細区分

名称

所在地

所有者

指定年月日

NC06-01

有形

建造物

白禿板碑1

国見町野田

個人

昭和39年2月27日

NC06-02

有形

建造物

白禿板碑2

国見町野田

個人

昭和39年2月27日

NC06-03

有形

建造物

下松庚申塔

国見町野田

堀池講中

平成4年3月31日

NC06-04

有形

建造物

下松板碑

国見町野田

個人

平成4年3月31日

NC06-05

有形

美術工芸

万徳寺石造観音像

国見町野田

万福寺講中

平成4年3月31日

NC06-06

有形

建造物

甲斐家国東塔

国見町野田

個人

平成8年6月12日

NC06-07

有形

建造物

万徳寺宝篋印塔

国見町野田

新涯区長

平成8年6月12日

NC06-08

有形

建造物

平等寺宝篋印塔

国見町野田

堀池講中

平成8年6月12日

NC06-09

有形

建造物

吉武家宝篋印塔

国見町野田

個人

平成8年6月12日

NC06-10

有形

建造物

石堂宝篋印塔

国見町野田

個人

平成8年6月12日

NC06-11

有形

建造物

小平板碑

国見町野田

個人

平成8年6月12日

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n06ichi664

NB06-01 木造如来立像(万徳寺)

 

国東市国見町野田
天台宗眉宮山万徳寺に安置されていた。天文五年頃までは千燈寺の末寺であったが、現在無住の為、大分県立歴史民俗博物館で保管されている。槍材による内刳りなしの一木彫成像で、両腕の大部分を含めて、足下の蓮肉まで共木から彫出する。
丸く小づくりの面相は童顔を思わせるが、肉付きの良い胸から下半身にいたるプロポーションには量感がある。腹部を前に突き出し、上半身を後に引く側面観には、平安前期一木彫の名残りをみせるが、形式的な衣文や背面を省略するところなど、平安後期の地方色が顕著である。特に条線による波文状・同心円状の衣文には特色がある。
(像高98.5cm)。

NB06-02 木造釈迦三尊像

 

国見町野田。
千燈寺の末寺で六郷満山霊場の1院である平等寺の釈迦堂に安置されている。
中央に釈迦坐像、向かって右に文殊菩薩像、左に普賢菩薩像の3尊1具からなる。
各像とも内刳りのない榧材の1木造であるが、膝及び両腕肘から先は別木を矧ぎつける。
高めの肉髻、厚い膝、中尊の左腋の柄衣白折り返しなどに古様がみられ、後世の追銘であるが、文殊菩薩像々底の「康平7年〔1064)の墨書銘を首肯させるものがある。
一木造の地方色の濃い国東平安仏の中にあって、最も古様かつ典型的な作例といえよう。
像高は、釈迦像82.5cm。文殊像67.5cm。普賢像56cm
平成6年文殊像、普賢像は盗難され現在不在。

NB06-03 木造二天王立像

 

 国見町大字野田
千燈寺の末寺で六郷満山鉱山樹の1院である平等寺の釈迦堂に釈迦3尊像と共に安置されている。いずれも榧材の一木造となっており、両肩で腕白材を矧ぎつける。各持ち物及び右腕を挙げている像の沓先は後補である。
大ぶりで肉厚な像容、面相の特徴など、手法は釈迦3尊像と1具のものであり、同時の制作と言える。 平安時代の作といわれている。
像高は、右腕を挙げている像が92.1cm。
左腕を挙げている像が104.2cm。

NB06-04 木造観音菩薩立像

 

国見町大字野田
 光源寺の横にある全光寺仏像収蔵庫に安置されており、槍材の1木造で、割り矧ぎ、彫眼目彩色像である。頭体を両耳中央を通る線で前後に割り、内制りを施し、両腕と足先(いずれも後補)を別木矧付けとする。
頭髪を双髻に結うのは古様であるが、丸くふくよかな面相や1重折り返しの裳、膝下をU字型に横切る天衣の浅く類型化した彫法には、平安末期の地方的特徴が顕著である。
(像高99.7cm)
全光寺は現在廃寺であるが、六郷満山中山本寺千燈寺の末寺の1つであったという。

NB06-05 十王堂板碑

 

 国見町野田
文和4年(1355)

梵字
文和 二 二 年
彼岸 大願主 妙口
(四年の四を忌避して二二に分ける)
南北朝時代文和は南朝年号で北朝では正平7年の年号があり、この地も南朝と北朝が入り乱れている。
石材角閃石安山岩
(総高257cm 幅30cm)

NB06-06 真覚寺国東塔

 

大間山真覚寺跡の薮の中にある。
この国東塔には銘があり、「正平七年二月廿九日云々」と記されている。
基礎は2重で、第2重は4面をそれぞれ2区に分かれ、格狭間が刻まれている。台座は反花のみで複弁の8葉。塔身は円筒形、笠は照屋根。露盤の4面には2区に分かれ、それぞれ格狭間が刻まれている。
相輸が1部欠失している。
石材は角閃安山岩で、南北朝時代中期の造立である。
形態の整った落ち着きのある秀作である。
(総高168cm)
注記:本来野田地区であるが、次の更新までここに所在。

NC06-01 白禿板碑1

 

国東市国見町野田
(高さ 183cm)

NC06-02 白禿板碑2

 

国東市国見町野田
写真右の背の低い板碑
高さ 105cm

NC06-03 下松庚申塔

 

 国東市国見町野田
石殿型(寄棟)一面六臂青面金鋼
江戸時代、享保6年(1721)
2童子、3猿、2鶏、宝珠 経巻

建立千時 享保6年(1721)
十二月四日
講中十三忌

NC06-04 下松板碑

 

国東市国見町野田
墨書文字不明
(高さ 168cm  幅 268cm)
大きな石の側面を削り五連碑をつくる。

NC06-05 万徳寺石造観音像

 

国東市国見町野田
(高さ 201.5cm)
石造観音像 綺麗な姿の十一面観音像。
総高 197cm
仏総高80cm
天明8年(1788)戊申二月
西園三十三号 為三世
    村中 供養
    施主 新涯

NC06-06 甲斐家国東塔

 

国東市国見町中にある室町中期の国東塔である。
(高さ 205cm)

NC06-07 万徳寺宝篋印塔

 

国東市国見町野田
(高さ 126cm)
印塔
江戸末期
最も小柄

NC06-08 平等寺宝篋印塔

 

 国東市国見町野田の平等寺にある宝篋印塔高さ228cm、台84cm角
室町時代か古風の趣あり。

NC06-09 吉武家宝篋印塔

 

国東市国見町野田にある宝篋印塔。
(寛永18年(1641))

NC06-10 石堂宝篋印塔

 

国東市国見町野田
(高さ 187.5cm)

NC06-11 小平板碑

 

国東市国見町野田
(高さ 167cm)

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