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瀬戸田地区の文化財

印刷ページ表示 更新日:2013年11月13日更新

kenshi

AB13瀬戸田

県指定

NO.

区分

細区分

名称

所在地

所有者

指定年月日

AB13-01

有形

美術工芸

木造釈迦如三尊像

安岐町瀬戸田

実際寺

平成10年3月20日

AB13-02

有形

美術工芸

木造十一面観音立像

安岐町瀬戸田

実際寺

平成8年3月14日

AC13瀬戸田

市指定

NO.

区分

細区分

名称

所在地

所有者

指定年月日

AC13-01

有形

建造物

浄国寺一石五輪塔

安岐町瀬戸田

浄国寺

昭和56年3月25日

AC13-02

有形

建造物

安宗板碑

安岐町瀬戸田

瀬戸田安宗

昭和59年3月27日

AC13-03

有形

美術工芸

中嶋文書

安岐町瀬戸田

個人

平成13年7月16日

AC13-04

史跡

唐見古墳

安岐町瀬戸田

国東市

平成13年7月16日

AC13-05

無民

富永神楽

安岐町瀬戸田

富永神楽保存会

平成11年7月8日

AC13-06

有形

美術工芸

実際寺無縫塔

安岐町瀬戸田

実際寺

平成21年8月25日

市内文化財インデックス

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AB13-01 木造釈迦如三尊像

 

創建当初の実際寺は、現在の景観よりはるかに大規模な伽藍をもつ寺院であったようである。創建後に伽監を整えていく中で大友氏康から寄進があったことが伝えられており、この伽藍整備事業の一環として、現本堂の木造釈迦如来坐像をはじめ 木造普賢菩薩立像・木像文殊菩薩立像が貞和3年に逓慶五代孫法眼康俊により造立された。

当初平成8年には木造釈迦如来坐像のみの指定であったが、平成10年3月20日に木造普賢菩薩立像・木像文殊菩薩立像の迫加指定があり、名称が木造釈迦3尊像となった。

木造釈迦如来坐像 像高70.7cm
木造普賢菩薩立像 像高76.4cm
木像文殊菩薩立像 像高77.5cm

AB13-02 木造十一面観音立像

 

実際寺創建後、大友氏康から寺領の寄進があり、伽藍整備事業の一環として、鎌倉後期から末期にかけ11面観音立慢などが造立されたものと思われる。また実際寺は天正8年(1580) 田原親貫の反乱に際し、兵火により焼亡するが、釈迦堂、開山堂、方丈の建物のほか釈迦3尊像、11面観立音などは難を逃れた。
鎌倉時代後期~末期14世紀
檜材の寄木造りなる玉眼の漆箔像で頭と体の躯幹部を前後2材からはぎ落とす。
像高106.8cm。

AC13-01 浄国寺一石五輪塔

 

角閃石安山岩 空・風・火・水・地輪完形
火輪2重。地輪模様。奈良元興寺文化財研究所推薦。
着色のあとか。堂々として如何にも鎌倉風と思われ保存もよい。
この塔のほか周囲には五輪塔片数個がある。

総高 75cm、

幅 火軒35cm、

空・風 17cm、

火 20cm、

水 21cm、

地 17cm

AC13-02 安宗板碑

 

玖珠郡豊後清原12家に「森氏」があり、15世紀前半、この森氏一族で勘解由左右衛門尉というものが、瀬戸田二与に移住してきた。16世紀前半、彼の孫大工助(もくにすけ)が安旨に分家し、大工助の子が重能(ただよし)、すなわち碑文の主「寿誉了徳」である。

石造、板碑型墓塔
総高地上110cm

慶長三戊戌年
○寿誉了徳信士霊位
十二月二日

AC13-03 中嶋文書

中島文書は主に帳類、日記、絵図等である。文書は元禄9年(1696)~近代のもので、中島家が瀬戸田村の庄屋、村長を務めていたことが、杵築藩の提出した公文書の控えなどからわかる。

AC13-04 唐見古墳

 

昭和40年(1965)当時の粗維な計測では、墳丘の計10m余、墓室は2m平方ほど、墓堂はほぼ幅1m、長さ3.5m、高さはいずれも不明などとあるが、現在では、墓道上面は削平されて拝所になっている。祠の正面下部、わずかな間隙からドーム状の墓室天上部が窺える。
朱塗りの島居は常時更新されており、稲荷さんのおかげで唐見古墳は消滅を免れている。

古墳は円墳で、横穴式石室、径10m。時期は古墳時代後期である。 

AC13-05 富永神楽

 

富永神楽は、今から約150年前宇佐神宮奉楽奉仕として参加していた旧富永村の住人野田伊予高光が習得してきたものを村の神宮の手によって30段にも及ぶ「豊後岩戸舞」として誕生させた。その後明治初期に小野源六郎の手により23段の一連のものに組み立てられ今日の神楽となっている。
富永の「宮畑社」の祭礼の神語りとして、五穀豊穣、お家繁盛、無病息災として「能」的要素をかもしだしている。

AC13-06 実際寺開山無縫塔

 

実際寺開山自聞正聡の墓塔である無縫塔1基
総高170cmほどの安山岩製で、きわめて残りがよい。無縫塔が安置されている開山堂に弘化2年(1845)の「開山塔修復料寄進札」があり、開山堂の再建に際し開山塔の修理も行われていたことがわかる。形の良い卵頭、精緻な彫り口の蓮弁など古様で形式的には南北朝末から室町時代初期頃の造立とされる泉福寺の開山塔に近いものと思われる

実際寺開山塔銘
貞和五年(1349)

実際開山
丑六月三日

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