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横手地区(神宮寺)の文化財

印刷ページ表示 更新日:2013年11月13日更新

kenshi 

KB14-2横手・神宮寺

県指定

NO.

区分

細区分

名称

所在地

所有者

指定年月日

KB142-01

有形

建造物

石造宝塔

国東町横手

神宮寺

昭和33年3月25日

KB142-02

有形

美術工芸

懸仏(4)

国東町横手

神宮寺

昭和44年3月22日

KB142-03

有形

美術工芸

密教法具

国東町横手

神宮寺

昭和44年3月22日

KB142-04

有形

美術工芸

神宮寺懸仏

国東町横手

神宮寺

昭和51年3月30日

KC14-2横手・神宮寺

市指定

NO.

区分

細区分

名称

所在地

所有者

指定年月日

KC142-01

有形

美術工芸

鬼会面

国東町横手

神宮寺

昭和55年6月1日

KC142-02

有形

美術工芸

木造仏像立像焼仏

国東町横手

神宮寺

昭和55年6月1日

市内文化財インデックス

位置図 共通

k142ichi664

KB142-01 石造宝塔  

 

 一般には神宮寺国東塔と呼んでいる。総高334cmで、石材は角閃安山岩が用いられている。
三重の基礎で最上重の四面には2個ずつの格狭間が刻まれている。台座は反花のみで一重複弁の8葉。
塔身は中央がふくらんで高さの割合に径の大きい円筒形で、上部が下部よりやや大きい。塔身の刻銘によると
建武3年(1336)8月に良法によって祈願のために造立されたものである。
銘文
右志趣者為天下太平萬民安
寧當山繁昌所願成就乃至法
界平等利益
建武三年八月(1336)、造立者 良法 敬白の銘あり

KB142-02 懸仏(4)

 

 四面のうち1面の裏板に、正応五年(1292)の墨書銘がある。懸仏は神鏡に由来するといわれ、しだいに鋳造した仏像を銅版に貼付するようになる。御正体として、神社にまつられる例が多い。神宮寺のものも、近くの山頂にあった嶽ノ権現の御正体と伝えられる。鋳造』製の千手観音・聖観音などを一尊ずつ配し、花瓶を鋲止めにする。正応5年銘懸仏の吊り金具は、獅噛座の完全な形としてはわが国でもごく古いものという。最大のものは直径30.7cm。像高18.8cm  

正應5年3月(1292) 日刑部平安国 

KB142-03 密教法具 

 

 江戸時代中・末期頃の製作にかかるものと思われる密教法具である。普通天台宗・真言宗で潅頂その他の修法時に、修法壇に配して使用する。法具を配して壇を形成したものを密教壇供と呼ぶが、その配列は修法の目的や壇前に安置された本尊によって異なる。神宮寺は六郷満山寺院の1つで歴史も古い。制作年代は新しいが、往時の密教法具が残っていない現在、まとまって残っている点で貴重である。

KB142-04 神宮寺懸仏

 

 南北朝時代と思われる4面である。うち1面は、同寺蔵の正応5年の懸仏とほぼ同時期の作とも考えられる。径29.3cmで聖観音像」に花瓶1対を配する。鍍金のあとがうかがえる。他は11面観音、千手観音を貼付する。獅噛座(しかみざ)吊金具は,わが国でも古いものだという。(1292)

KC142-01 鬼会面

 

 鬼会面は、5面あり、災払鬼1、荒鬼1、鎮鬼1、鈴鬼2、修正鬼会の時使用していたものである。修正鬼会は、戦国時代中止されていたが、細川候の時代に復元し明治の末年まで続けられていた。大正の初めより中止したが昭和27年旧正月6日、古式により修正鬼会を開催したが1年で中止した。なお、修正鬼会の装束及び用具一式も収蔵している。

KC142-02 木造仏像立像焼仏

 

 明治29年2月失火で、講堂の本尊及び脇侍諸菩薩は焼仏と化し、現在は、本堂前保管庫に収蔵してある。本尊薬師如来像の高さ175cm。 

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