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教育長の部屋(2020年9月)

ページID:0027324 印刷ページ表示 更新日:2020年9月1日更新

「日本は『子ども天国』だった」

本年6月市議会の「新型コロナ」に関する教育委員会へのご質問にお答えする中で、私は「国東市には共助の精神が生きていることによって、子どもたちに居場所が確保されていた」ということを話し、市民の皆様方にお礼を述べました。
随分前のことになりますが、ある新聞に表題の「日本は『子ども天国』だった」という題で論説が載ったことがあります。
では、「いつの時代に、何をもって『子ども天国』か?」ということについて、齋藤孝 (教育学者・現在明治大学教授)の本、「ハイライトで読どんぐりむ美しい日本人」に詳しく書かれているとありました。早速読んでみましたが、その本の中にはこんな事例が紹介されていました。


  • イザベラ・バード (イギリス人女性・「日本奥地紀行」より)
    「私はこれほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない。子どもを抱いたり、背負ったり、歩く時には手をとり、子どもの遊戯をじっと見ていたり・・・。子どもがいないとつまらなさそうである。」
  • E・S・モース (アメリカ生物学者・「日本その日その日」より)
    「世界中で日本ほど子どもが親切に取り扱われ、そして子どものために深い注意が払われる国はない。ニコニコしているところから判断すると、子どもたちは朝から晩まで幸福であるらしい。彼らは朝早く学校へ行くか、家庭にいて両親を手伝うか、父親と一緒に職業をしたり、店番をしたりする。彼らは満足して幸福そうに働き、すねている子や身体的刑罰を見たことがない。・・・」
  • ドナルド・キーン (「果てしなく美しい日本 日本人の一生」より)
    「生まれて最初の何年間かを、子どもはほとんど母親の身体の一部として暮らす。母親はどこに行くにも子どもを連れて行く。彼女はしばしば子どもを背中に負い、特にそのために作られた衣服を着ける。子どもが空腹になれば、場所柄も気にかけず、ただちに乳房を吸わせる。・・・」

その他、何人かの文章を紹介しながら、齋藤氏は次のような文にまとめています。
「日本の子どもの天国ぶりは、ひと言で言えば、いつも誰かと一緒にいるということにつきる。」と書き、その象徴として「おんぶ」を挙げていました。そして、「身体をふれ合うことから生まれる安心感、自己肯定感を子どもたちに与えることから子育てを再建しよう!!」と説いています。

私がこの本を紹介したのは、「昔の方がよかった!」と昔を肯定するものでもありませんし、逆に「昔は昔!」と現代を肯定するものでもありません。少なくともそれぞれの時代において、親たちは子どものために尽くしてきましたし、尽くしています。どの親も子どもを宝と思っているはずです。
ただ、親としての”生き方の変化”によって、子どもが犠牲になっている事例が増えていることも確かです。子どもよりも自分を優先している親の言動も少なくありません。子どもたちに「自分は親から愛されている」と感じさせること、「自分も家族の一員として認められている」と感じさせることなどを、今一度、親として家族として振り返ってみることは大事だと思います。
「子ども天国」とは、少なくとも、「子どもたちが自分の思うようにできることやわがままが叶えられる世界」を表現しているのではないということを肝に銘じたいと思います。