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内なる存在を見つめ直すきっかけに
瀬戸内海を見つめて立つアントニー・ゴームリー
この千燈地域は、国東半島の精神や哲学を考える上で非常に重要な場所である。
かつてアニミズムの信仰の対象でもあった山々に神道が生まれ、仏教が渡来し、それらが習合した文化が今に続いています。六郷満山文化を開いたとされる伝説の僧、仁聞菩薩(にんもんぼさつ)は、まずこの千燈地区に寺を開き、修行し、やがてはこの地に入寂したと伝えられています。
今回この場所に作品を設置したアントニー・ゴームリーは、1970年代にインド、スリランカで仏教について深く学び、以降自身をかたどった鉄の彫刻を多く作るようになったそうです。豊富な砂鉄を資源として有していた国東半島は、たたら製鉄も盛んでした。
無垢の鉄の固まりであるこの像の表面はさび、たえず変化を続けています。
いずれこの像は風雨とともに山に還っていくでしょう。
東の方角を向き、はるか彼方に思いを馳せ佇んでいるかのような人体像の視線の先には、悠久の自然が広がっています。
アントニー・ゴームリー
Antony Gormley
《 ANOTHER TIME XX 》
高さ191cm、重量629kgの作品を、どうやって運搬し、空に張り出している岩場に設置したのか。
その設置の過程には地域住民の大きな協力があった。
アントニー・ゴームリーが国東半島を訪れたのは、2013年10月。作品の設置場所を探すため千燈岳山道を歩くうち、山頂付近の五辻不動尊近くにある石灯籠の向こうに張り出した岩場を見つけた。そこに自らを模った鉄の人体彫刻作品を東の方角に向けて設置するプランが提案された。《ANOTHER TIME XX》はゴームリーの等身大の作品であり、その重量は629キロ。険しい山道をどうやって運ぶのか。それが難問だった。当初はヘリコプターでの空輸が考えられていたが、大変危険でほぼ不可能であることが分かった。美術制作のプロ、輸送のプロたちが検討したが、なかなかよい方法が見つからなかった。そんな中、地元の椎茸農家さんが五辻不動尊の改修工事に携わった経験から、不動茶屋から作品設置場所まで3か所の中間地点に櫓をつくり、そこにワイヤーを渡し、ロープウェイのように運ぶ方法だった。しかし、この方法を実現するには、不動茶屋から200m先の作品設置場所の岩場までワイヤーを張らなくてはいけない。ここで協力したのが釣り愛好家の地元の方。遠投の腕前を発揮し、釣り竿でディスクを投げ下ろし、それを使って岩場までワイヤーを渡すことに成功した。サイズや重量が同じコンクリート製のダミー像で、練習を重ね、作品のANOTHER TIME XXが峯を渡り、作品が設置される岩場へと到着した。